昔のお金というのは、それが流通量の少ない時代のものであれば、かなりの価値をもつこともあります。
そして、日本銀行券だけを見慣れている現代とは違って、さまざまな主体が、さまざまな種類のお金を発行していたため、描かれている絵柄などにもの多様性が認められるものです。
貨幣と藩札
昔のお金といっても、古代律令制のころにつくられた貨幣は、残存枚数が少ないため、数十万円、数百万円といった、かなりの価値をものものもありますが、特に絵柄と呼べるようなものもなく、文字だけが書かれたそっけないものでした。
その後、武田信玄が領国内で通用させた甲州金、徳川政権がつくった慶長大判などといった金貨には、桐の極印が押されていますが、絵柄といってもこの程度です。
江戸時代に広く流通した寛永通宝も、やはり裏面は無地か記号だけが付されており、わずかに4文銭には波形のデザインが描かれています。
これに対して、江戸時代にそれぞれの藩で発行された藩札は、カラフルなものは少ないものの、絵柄は幾分工夫されています。恵比寿大黒や弁財天、鶴亀、如意宝珠などのように、いかにもお金が貯まりそうな縁起がよいデザインが好まれたようです。
国立銀行券の時代
明治時代、国立銀行条例という法律が制定され、各地の国立銀行が独自の紙幣を発行することができました。この頃には西洋風の印刷技術がわが国にも持ち込まれて、かなり精巧な多色刷りのものが出回っており、絵柄も豊富な種類があります。
時代を反映してか、海軍兵士や城郭、日本神話のシーンなどといったものが絵柄として採用されています。
その後は日本銀行が創設されて、ここが政府以外としては唯一の紙幣発行の主体となったため、国立銀行券は日本銀行券と交換で回収されたため、現在はほとんど残っておらず、それが逆に価値を高めることにつながっているのです。
一方、昔のお金といっても、国が直接発行した金貨、銀貨のようなものをみると、絵柄には龍や錦旗といった、新政府を象徴するような権威の象徴が用いられています。
日本銀行券と政府紙幣
引用元:Wikipedia(夏目漱石)
日本銀行券の時代になっても、戦前のものは国威発揚という意図が絵柄には強力にあらわれており、現在の紙幣と同じような肖像画であっても、その選択は、楠木正成、日本武尊、和気清麻呂、武内宿祢などといった、神話の世界の人物や、皇室に忠誠を尽くした歴史上の人物などに偏っています。
一転して戦後の紙幣をみると、夏目漱石、紫式部、新渡戸稲造などといった、いわゆる文化人の肖像画が目立っています。
まとめ
本記事では昔のお金と絵柄についてご紹介しました。
家の押し入れに眠っていた古銭が思わぬ金額になるかもしれません。
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